トスカーナドライブ旅行記48

フィレンツェFirenze⑤


usuriたちにとって2度目のフィレンツェ。
今回は,マンガ「チェーザレ 破壊の創造者」の舞台を訪ねたい!
そうすると,そのころフィレンツェは,
まさにロレンツォ・デ・メディチ
フィレンツェの実質的な支配者だった時期。
だから行き先はメディチ家ゆかりの場所
ドゥオモ広場の北,サン・ロレンツォ地区。


サン・マルコ美術館Museo di San Marco

コジモ・デ・メディチ(ロレンツォの祖父)が大改修した
ドメニコ会の修道院だった場所
画像
ここは,修道士でもあった画家フラ・アンジェリコの美術館。
美術館というより,修道院の姿そのままに
修道士たちが祈りを捧げた小部屋がずらりと並んで
その房の中,ひとつひとつに宗教画が残っています。

ほぼ同時期を生きた,
聖職者だったけど修道女と駆け落ちしちゃったフィリッポ・リッピとは
対照的な生き方をした,フラ・アンジェリコ。

特に有名なのが,階段を上った先の廊下にある「受胎告知」
画像
画家というより神から与えられた使命として絵を描き続けた
フラ・アンジェリコの作品には
優しさや穏やかさ,凛とした気品を感じます。

小部屋の中には,コジモ・デ・メディチ専用の一室が。
小部屋といっても,他の房に比べて大きく,
ホテルのスイートルームってかんじ!

ロレンツォ・デ・メディチの時代
この修道院の院長となったのが
ジローラモ・サヴォナローラ

メディチ家の支配下でフィレンツェが堕落していると糾弾,
過激な説法を繰り返し
一時的に市民の熱狂的な支持を得ることになります。
ロレンツォにとっては,メディチ家を批判する反対勢力のはずなのに
晩年,病もあって気弱になっていたロレンツォは
サヴォナローラを信奉したという説もあります。

ロレンツォ亡き後,サヴォナローラは
メディチ家を追放したフレンツェ共和国で神権政治を行います。
しかし「水清ければ魚棲まず」
あまりに厳格な政治に市民の気持ちは徐々に離れ
さらにローマ教皇がサヴォナローラを破門するに至っては
ついに捕らえられ,異端者として処刑されてしまいます。
ちなみに彼を破門したローマ教皇,アレクサンデル6世は
チェーザレの父親
です。

コジモ・デ・メディチの専用房からいちばん離れた場所にある部屋が
サン・マルコ修道院の院長室であり,
サヴォナローラの絵や遺品が展示されていました。

この美術館,フラ・アンジェリコの作品だけではありません。
画像
ドメニコ・ギルランダイオの「最後の晩餐」描かれているのは
この修道院の食堂だった部屋ですが,
なんと今はミュージアムショップとして使われています。
廊下に名画,売店に名画…,びっくりしちゃうよね!

ちなみに,このギルランダイオ,
ルネッサンスの巨匠,ミケランジェロが弟子入りし
芸術家としての第一歩を踏み出した,
ミケランジェロの親方だったんだよ!


ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 1

ナイス

この記事へのコメント


この記事へのトラックバック

トスカーナドライブ旅行記53
Excerpt: フィレンツェFirenze⑧
Weblog: ういのしんの旅行記
Tracked: 2012-12-18 12:26

わが友マキアヴェッリ 1/6 ~メディチ家のロレンツォ
Excerpt: 本書は、君主論ではなく、マキアヴェッリそのものの人生を追っている。塩野七生氏によるイタリア・フィレンツェの表現がオタクっぽくて面白い。 当時は、国家が都市を作るのではなく、都市が国家をつくる時代であっ..
Weblog: 投資一族のブログ
Tracked: 2013-12-10 21:11