トスカーナドライブ旅行記40

ピサPisa③

ピサ観光をしたかったのは本(マンガ)の影響です。

惣領冬実さんの「チェーザレ 破壊の創造者」
冷血な謀略家のイメージが強いチェーザレ・ボルジア
大局を見ることができ大胆な改革を志す青年政治家として描く作品。
丁寧な歴史考証に基づいた解釈によって描かれた骨太な作品ですが
作者が元々少女マンガ出身で,絵がきれいなのもいいところ。
チェーザレは,史実としても格好よかったらしい!

まだ連載中の本作ですが,作中では
チェーザレは現在ピサ大学の学生
同い年のジョバンニ・デ・メディチ
(「偉大なるロレンツォ」の息子で後のローマ教皇)らと青春謳歌中。
チェーザレやジョバンニのほか
ダ・ヴィンチやミケランジェロ,マキャベリやサヴォナローラなど
ルネッサンス期の名だたる芸術家,政治家などがたくさん登場します。

チェーザレは,大好きな川原泉さんのマンガ
「バビロンまで何マイル?」でも描かれているし

去年,ミラノ近郊の町ベルガモで,この
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チェーザレ(と伝えられている)の肖像画に奇跡的に出会い
もう今年はピサに行くしかない!
と思っていたわけです。

チェーザレが青春を過ごした町,ピサを歩きます。
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ここはピサ大学
チェーザレやジョバンニ・デ・メディチが学んだのは
正確にはサピエンツァ大学ピサ校らしいのですが
きっとその学校がピサ大学の前身だ! と思うことに笑

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カヴァリエーリ広場 Piazza dei Cavalieri は全体が工事中。
奥の時計台のある建物 オロロジオ宮は
もともと3つあった建物をつなぎ合わせて作られたそう。
この建物が有名なのは,ダンテの「神曲」において
この建物の一部となったグアランディの塔で起きた
あるすさまじい悲劇
についての記述があるためです。
13世紀,ピサ共和国の名家の当主,ウゴリーノ伯は政争により
グアランディの塔に2人の息子と孫と一緒に幽閉されてしまいます。
息子達は「自分を食べて生き延びてほしい」と
父であるウゴリーノ伯に言い残して先に力尽き,
ウゴリーノ伯が亡くなった息子を食べたという伝承。
結局,ウゴリーノ伯も息子達を追って塔の中で亡くなっています。
後の科学的調査で,息子を食べたという事実はないと証明されているようですが
ダンテの「神曲」地獄編において,この伝承は
特に印象的な記述となっています。

(usuriはもちろん「神曲」を読む力はございません涙
読んだのは『やさしいダンテ「神曲」 』(阿刀田 高 著) という本!)

チェーザレのマンガでは,ダンテの思想にチェーザレが興味を抱き
ダンテの研究者から直接講義を受けるシーンや
ウゴリーノ伯の悲劇について授業で討論するシーンがあります。

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当時,アルノ川を挟んで奇跡の広場や大学とは対岸にある
「キンツィカ地区」は貧民街だったそう。
キンツィカ地区の側から大学側を眺めています。
斜塔だけじゃなくって,あの建物も傾いてない?!

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アルノ川沿いに佇む
サンタ・マリア・デッラ・スピーナ教会
S.Maria della Spina


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写真奥の方角には
当時,メディチ家の屋敷があったようです。
きっとジョバンニはあそこから大学に通ったんだよね!


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